【2014年 3月例会(Osaka)の事後報告】


田中和也 報告

 平素の例会は一日に一人の発表者がお話になることが多いのですが、今回の例会は二日にわたるものであり、発表された方も5名にのぼるものとなりました。このため、いつも以上に多様なトピックをうかがえる機会になったと思います。

①例会初日 3月1日(土)について

 例会初日は三人の方々がご発表になりました。最初の発表者として、中井義一先生(海技大学校非常勤講師)が "Heart of Darkness" に関する近年の本 Conrad's Heart of Darkness and Contemporary Thought: Revisiting the Horror with Lacoue-Labarthe (Ed. Nidesh Lawtoo. London: Bloomsbury, 2012) を取り上げられました。その中でも、同書の中心となっている、フィリップ・ラクー=ラバルト Philip Lacue-Labarthe による "Heart of Darkness"論 "The Horror of the West" に注目されました。その後の会場での議論では、この論文の"Heart of Darkness" の論じ方は哲学に拠っていて文学研究とは用語や切り口が異なること、しかしだからと言って文学研究と哲学研究は全く別物ではなくて繋げることもできるだろうこと、ラクー=ラバルトの論に対してのヒリス・ミラー J. Hillis Miller からの反応などについて、参加者たちで話し合われました。

 二人目の発表者は社本雅信先生(電気通信大学名誉教授)で、2007年の英国コンラッド協会でも話題になったというTim Butcher の旅行記 Blood River (London: Chatto, 2007)についてお話し下さいました。この旅行記は "Heart of Darkness" の舞台でもあるコンゴの過去と現在について、著者が学び見てきた姿が描かれています。すなわち、19世紀の探検家ヘンリー・モートン・スタンリーの行ったコンゴ川を下る旅を、イギリスのジャーナリストである著者が追体験するという体裁をとりつつ、ポルトガル人によるコンゴ川発見にはじまって、21世紀初頭にいたるコンゴの歴史・地理を随所に織り込んでいます。Preface は名文で、読者はタンガニーカ湖の湖畔の町カレミーの描写を通して、今なおコンゴで続く動乱や政情不安をたちどころに知ることができるものとなっています。またご発表ではBlood River の他にも、コンゴに関する書物としてCollin Legumの Congo Disaster (1961) や Lucy Mair の The New Africa (1967)、Tim Youngs の Travellers in Africa (1994)にも言及され、それらの中には "Heart of Darkness" やコンラッドの友人 Roger Casement について述べたものもありました。

 三人目の発表者は伊藤正範先生(関西学院大学教授)で、Conradとその同時代人である H. G. Wellsとの関係についてお話になりました。ご発表では両者の作品の毛色の違いや、作品中で描かれている群衆の描写について言及され、19世紀から20世紀にかけての英文学における両作家の立ち位置についてうかがうことができました。

②例会二日目 3月2日(日)について

 二日目はお二人の方がご発表下さいました。一人目は杉田和巳先生(海技大学校准教授)で、コンラッド作品を愛読していたウィリアム・フォークナー William Faulkner についてお話しくださいました。今回取り上げられたのはフォークナー作品の中でも近年再評価が進みつつあるという Go Down, Moses (1942) で、その本におさめられた物語の中でも「熊」 "The Bear" にとりわけて焦点が当てられました。この物語では、白人である主人公がイニシエーションとして狩猟を学ぶ姿や、森にすむ熊があがめられつつも後に狩られる姿が描かれます。ただしこの物語はハンティング・ストーリーとして楽しめるだけではなく、それと並行して合衆国南部における人種問題が主人公の家系に影を落としていることも表象されています。白人対黒人という人種問題の影と、自然と文明の相克の象徴として狩猟の場であった森が伐採されて消えていく姿という、主人公個人の意志では抗えないものが描かれていく様子は、たとえばコンラッド作品では海が人智を超えたものとして描写されることと類縁性があるのではないか、という意見が登場し、私は興味深く感じました。フォークナーといえば、文体も作品構造も難解で、世界文学の巨人のうち一人というイメージが私の中では強くて近寄りがたい印象があったのですが、それだけに今回のご発表でフォークナー作品の一端に触れてその手触りを感じられたことは有難かった次第です。

 二人目のご発表者は田中賢司先生(海技大学校教授)で、お話し下さったのは"Heart of Darkness"を読む際に、マイケル・ポランニー Michael Polanyi が『暗黙知の次元』 The Tacit Dimension で示した概念「暗黙知」を応用できるのではないかというものでした。暗黙知とは一口で言えば、言語化されていない知識や技術だとようやくできましょう。"Heart of Darkness" では語り手 Marlow がある種の予兆を感じるというシーンが多数登場しますし、作品の物語構造に新しい切り口を示しうると感じました。 

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