【2012年 10月例会(Osaka)の事後報告】


田中和也 報告

 今回の例会は二部構成となっていて、前半では伊藤先生がケンブリッジ大学で一年間研究なさったときの様子をお話しくださいました。そののち後半では、アフリカを舞台とした “Heart of Darkness”(1902)と、それを原作としつつもベトナムに作品舞台を移した映画『地獄の黙示録 完全版』Apocalypse Now Redux (2001年;オリジナル版は1979年)の比較をおこなってくださいました。

①前半:ケンブリッジ大学でのご研究について

 ケンブリッジ大学にはご家族で行かれたとのことですが、Visiting Fellowの家族も受け入れてくれるということでクレア・ホール・カレッジClare Hall Collegeをお選びになったとのことです。そのカレッジ内の雰囲気や設備面についてもお話があり、興味深くうかがいました。留学というと研究者が単身で、という固定観念があった身としては、驚いた所存です。

 また、大学の研究設備面では、カレッジが学部(Faculty)よりも上位に来ていること、学部ごとに図書館があり、文学部図書館では作家ごとに基本文献の棚が設けられていること、ケンブリッジ大学の中央図書館は開架式(オックスフォード大は閉架式)で、利用者が自分で膨大な図書に自由に触れられることなど、日本の大学との違いについてお話しくださいました。

②後半: “Heart of Darkness” とApocalypse Now Reduxについて

 後半ではまず、コンラッド作品におけるロンドンなどの都市描写と、19世紀後半から労働者間でも隆盛したジャーナリズムの関係についてお話しいただきました。その後、“Heart of Darkness” ではKurtzがジャーナリストの役割を果たしているというMatthew Rubery, The Novelty of Newspapers (2009) の議論を元にして、『地獄の黙示録 完全版』で追加されたジャーナリズム描写を分析してくださいました。

 小説や映画などのフィクションがジャーナリズムとどう向き合うのか、ジャーナリズムをどう表象するのかというのは、小説ジャンル誕生期から続く問題であり、コンラッドもまたその流れに位置しているということに、私は気づかされました。

 

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