3月26日に東京地区のメンバーに発信した〈3月25日(日曜日)の地震体験〉と
一人の聞き手としての〈研究会事後報告〉

社本 雅信 記

まず、昨日(3月25日)の地震について、私たちの身の上をご心配いただきありがとうございます。

田中先生が研究発表に備えて、器具の準備をしていたとき、グラッグラッときました。10秒から15秒つづいたかもしれません。立派な建物
にいましたので、あまり恐怖感は感じませんでしたが、田中先生の的確な判断には恐れ入りました。地震がおさまったあと、すぐ津波の心
配をなさり、海王丸のスタッフと連絡をとって、いっとき海王丸に避難しました。

研究会、海王丸見学を終えて帰路に着いたのは、4時を回っていました。私は上越新幹線経路で帰ることはあきらめ、山本卓先生の運転す
る車に同乗させていただき、4人そろって金沢に向かいました。帰りは、金沢駅を午後7時40分に乗車、米原駅に臨時停車した「望み号」に
乗り換え、新横浜に下車、帰宅は深夜零時半になりました。

海王丸船長さん、一等航海士(チョッサー)さんには徹底的に船の構造を教えていただきました。ほかに海王丸のヴォランティアをなさってい
るお二人には、研究会の聴衆としてだけでなく、海王丸の見学会にもお付き合いしていただき、富山県人のお人柄のよさを心から感じ取るこ
とができました。山本先生には、数多くの質問を発表者にしていただき、プレゼンテイションを盛り上げてくださいました。
田中賢司先生、伊藤正範先生の発表は、大変熱の入った発表でした。
田中賢司先生の発表は、短編「秘密の共有者」に関するものである。発表者は、レガットと新米船長との関係をR.L. StevensonやEdgar
Allan Poeがとりあげたような「二重身」の関係ととらえ、新米船長がほんとうの意味で、船長に成長したのは、作品の最後で敢えて船を危険
な状況に置き、この状況から脱することができたときであったことを述べた上で、船長がレガットに与えた帽子が果たす象徴的意味を読み解
こうとした。作品の成立には1880年5月11日にカッティー・サーク号で起きた殺人事件をヒントにしていることを、当時の英文資料The Log of
the “Cutty Sark”で示した。発表で興味深かったのは、この作品は新米船長の妄想を述べたもので、はじめから、レガットなる人物は存在
しなかったという解釈があるとの指摘がされたことである。この論が〈極論〉である根拠として、〈帽子〉の存在が挙げられ、全体が一人称で
語られていることがそのような〈極論〉を生じる原因となっているとの指摘がなされた。

伊藤正範先生の発表は中篇「『ナーシサス号』上の黒人」に関するものである。この作品にはJimmy Wait、Donkinという船内にアナーキー
(無政府状態)を惹き起こす二人の異分子が登場する。従来、Jimmy WaitとDonkinの二人をアナーキストとして対等の位置に置くか、アナー
キストとしては、Jimmy Waitのほうに比重をかける読み方がなされてきたが、発表者は「ビレーピンを投げるドンキン」に注目し、ドンキンにテ
ロリストの側面を見出して、ドンキンにいっそう大きな比重をかけた解釈を示した。19世紀後半、ヨーロッパで爆弾を使ったテロが多発したこ
と、ビレーピンと爆弾の形体上の類似、19世紀末の犯罪人類学者Cesare Bombroso(1836-1909)の著書で挙げられている犯罪者の風貌
の描写とドンキンの顔立ちの描写との一致などから、ドンキンをこの作品の主たるアナーキストと推定したものである。

田中先生もご指摘のように、「コンラッド研究会」の活動は今回のような形態のものもとり入れ、広くコンラッドの愛読者を増やしていくようにし
たい、と思っています。

 

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